Saturday, February 13, 2016

中国人観光客

日本を訪れた中国人観光客、日本に対して好意的な印象を懐いて帰国

これはおそらく本当だろう。私はタイ国のチェンマイに住んでいる。中国の春節を祝うために約8万人の中国人観光客がやってくる。中国人観光客を乗せたバスが私のオフィスから歩いて数分のところで乗客を降ろす。

英語を話す中国人にはいつも話しかけている。日本を訪れたことの無い中国人は日本に対して悪い印象を懐いている。しかし日本を訪れたことのある中国人はそれとは180度異なり、日本と日本人に対して好意的である。

これは米国人にも当てはまるだろう、もっともアンチ日本の米国人はかなり少数派だろうが(私の世代以前の米国人は第二次大戦のため日本に対して非常にネガティブな印象を懐いている)

アンチ日本人の米国の友人を一人も知らないが、しかし日本に対してとても好印象を懐いている米国人は、いくつか共通する特徴があるようだ:

1) 心を許せる日本の友人が一人は居る。彼らはなぜ日本のことが好きなのか説明して回る(まるで数百万人の日本の大使が世界中にいるようなものである)

2) 日本を訪れたことのある。米軍基地かまたは日本で働いたことがあるなど。日本に少し居ただけでも日本人にとても好印象を懐く。

3) 日本の品々に取り囲まれてうっとりしている。ちょっと変だが彼らがそれで良いのだから良いのだろう。

私の親友の一人は3)のこれだ。知っている限り彼は過去30年は日本びいきだが、一度も日本を訪れたことが無い。ときどきからかうこともある。どうやって行ったことも無い国をそんなに好きになれるのか? かれは独学の上、いくつかの日本語を読むことだってできるようになった。

私の考えはこうだ、数百万人の中国人観光客を日本に呼び寄せることで、中国の日本に対する情報戦の効力を大きく失わせることができる。尊敬できて好印象を懐いている人を攻撃するものはいない。

私が知っている日本を訪れたことのあるタイ人と米国人は例外なく日本の親善大使となった。多くの中国人と話してみたが、このことは中国人にも当てはまるだろう。

普通、好きな国の人々と戦争はしたくないものだ。

The Japan Times

"Chinese tourists take home glowing views of Japan"





"Chinese tourists take home glowing views of Japan"
I believe this is true. I live in Chiang Mai, Thailand, and about 80,000 Chinese tourists are estimated to have come here for Chinese New Years. Many of their buses unload people just two minutes walk from my desk.
So I talk with any Chinese I can find who speaks English. Those who have not been to Japan often have ill feelings, but those who have visited Japan are 180 degrees and tend to be positive toward Japan and Japanese.
This is also true of Americans, though I think relatively few Americans these days are anti-Japanese. (The generations before my generation could have very negative views due to WWII.) 
I do not know a single American friend who is anti-Japanese, but the Americans who have the most positive views of Japan seem to share a few characteristics:
1) They have at least one Japanese friend who wins their heart, and thus they expound that to saying they like Japan. (Nothing like having a million Japanese ambassadors spread across the world.)
2) They have been to Japan, oftentimes with the US military, or they worked in Japan, etc. After even a short time in Japan, they become very positive towards Japanese.
3) Some other Americans are into a bunch of "Japan stuff" and are a little kooky with their love of Japan. Kind of strange, but hey, they like it, so that is fine. 
A close friend of mine is like this. He has been a Japan-freak for at least 30 years and has never been to Japan. We joke about it sometimes. How can he love Japan so much and never even go? He even taught himself to read some Japanese.
My thoughts are that the Chinese information war against Japan can be badly damaged just by encouraging millions of Chinese to visit Japan. Nobody wants to attack someone they like and respect. 
Every Thai and American I know who has been to Japan became a kind of ambassador for Japan, and after talking with so many Chinese, I believe this can happen with Chinese, too.
Nobody is willing to go to war against people they like...


19 comments:

laughing Salesman said...

もともと、支那の反日政策は、政治的なものですからね。韓国人の本能から発する反日とはよほど違う。鄧小平・胡耀邦時代の日中関係は非常によかった。日中関係が悪くなったのは、江沢民が主席になってからです。

天安門事件の後、共産党生き残りのため、江沢民は日本を悪玉として愛国反日運動をやり、軍の幹部に好き勝手な金儲けをさせた。あちこちに抗日戦争記念館やら南京虐殺記念館やらを建て、「日本を憎め」と宣伝戦を始めたのは江沢民です。その後、悪化した日中関係を改善させようとして、胡錦濤時代は少し良くなったが、習近平時代に入って、また悪くなった。

それから、支那人は自分の国の為政者の言うことを信じていない。変な発言をすると思わぬ災厄が降りかかってくるから、適当に共産党の言うことに調子を合わせているだけです。

ただ、私としては支那人(というか支那共産党)を許せませんね。30年間、日本人は惜しみのない経済協力をしてきているのに、いまや支那は日本に敵対している。習近平が訪米してオバマに会って、太平洋二分論を持ちかけた時は、支那人の本性を見た思いがしました。

太平洋二分論は、ハワイから東の権益はアメリカに譲るから、ハワイから西は支那の自由にさせろ、ということです。そのココロは、日米安保を無力化し、日本から米軍を撤退させたうえで、日本を徐々にいたぶってやろう、ということに他ならない。あの時、オバマが習近平に同調していたら、日本は危なかった。

だいたい、この凶暴なツラは何だ! 30年経って、この程度の民度なのかよ!「井戸の水を呑むときは、井戸を掘った人のことを忘れない」と言っていたのに、井戸を掘った人の工場に火を付けやがって、この罪は重いぞ。

http://www.howitzer.jp/china/page02.html

支那は、いまや、軍国主義丸出しで世界平和に害悪を及ぼしているファシスト国家になっている。こんなイカれた牛魔王のような国を造るために、日本人は中国の開放政策に協力したのではない。

ま、支那の経済はガタガタで、もうすぐ泥舟のように沈む運命にあるから、せいぜい阿鼻叫喚のさまを見物させてもらいまひょ。

下は、1984年、訪中団に加わっていた私です。

http://www.howitzer.jp/topics/page07.html

Takeshi S said...

では特別永住権のある在日朝鮮人は
なぜ日本にいながら反日を続けてるのだろうか?

一度彼らを全員本国に返してみるべきだと思う。
そうすれば彼らは本国のことを好きになって、そのまま永住してくれるだろう。

TS said...

>普通、好きな国の人々と戦争はしたくないものだ。
これ原文が"nobody"なので、「普通」じゃなくて「誰も」と訳するべきじゃないでしょうか?
ヨン氏は中国が普通の国ではない事を十分に理解していると思いますが、これでは別の意味になるかと。

それはそれとして、
親日的な中国人が増えると状況が良くなるという見解は少しお花畑的な見解に見えます。
現体制に批判的な中国人が海外脱出している多くの実例を知れば楽観的に過ぎる印象を受けました。

知っている事かも知れませんが、一度詳しく中国の「金盾」について調べてみる事をお勧めします。
中国ではチャットで「天安門事件」と発言しただけで強制的に接続が遮断されるらしいですよ?

IMA said...

中国は韓国のように恨日がカルト化していないのは確かですね。抗日ドラマの荒唐無稽さが共産党にとっては逆効果になっており、国民はどこか共産党指導部を冷めた目で見ている。まぁ、鬼郷のようなジメジメした恨み節にならないのは国民性の違いですかね。

中国は一時期の経済的な成功が自惚れとなって調子に乗りすぎた。実るほど頭を垂れろとは言わないが、「韜光養晦」の仮面を脱ぎ捨てるのが早過ぎたきらいがある。もっとも、いずれ「中進国の罠」にハマるだろうことを思えば、今しかなかったのかもしれないが・・。

いずれにしろ、傲慢かつ醜悪な姿をさらけ出してしまった今となっては覆水盆に返らず。せいぜい調子に乗りすぎたことを後悔して過ごせばいい。

MM said...

>ま、支那の経済はガタガタで、もうすぐ泥舟のように沈む運命にあるから、せいぜい阿鼻叫喚のさまを見物させてもらいまひょ

宮崎氏の本にある「仲良く自滅する中国と韓国」の実現ををジッ待ってる私ですが、韓国が崩壊しても中国はしぶとく生き残る気がしてなりません。なにせ、転んでもタダでは起きない民族ですから。
アグネス・チャンのように息子たちの国籍をそれぞれ違うのにし、自分だけは生き残る道を用意してる人間がたくさんいますからね。カナダが移民を制限し始めたのは、申請者の多くが中国人で、一定金額を投資する条件で審査をパスしたのに、移住権だけゲットして中国に留まっている人が多く、意図した経済効果は期待できないからだそうです。
泥舟が沈むと分かったなら即行動を起こすんでしょうね、資産は事前に移してあるし。

laughing Salesman said...

>中国はしぶとく生き残る気がしてなりません。

黄文雄さんの言葉を借りれば、「共食いしてでも生き残る」そうです。

時々、支那人は“人の皮を被ったピラニア”ではないかと思うことがあります。祖先は北京原人ではなくてピラニアだ。間違いない。獲物が支那という大きな湖に落ちるとたちまち群がってきて白骨にしてしまう。食べるものがなくなると、お互いに食らい合う。

今後、順調に行けば、
①元暴落→②シャドーバンクの粛清→③経済崩壊→④失業者増加→⑤社会騒擾の拡大→⑥中共政府オワタ☆(^Q^)/゙

になると思いますが、更にその先に何があるか?

一番有りそうなのは、戦前のような国家分裂による巨大化カオスの出現で、一番なさそうなのは、アメリカ型の州別自治国家の出現だと思います。軍区単位に独立して、1930年代のように、分裂した国どうしが、互いに攻伐し合う姿です。

中国のことわざに、

天下久しく分すれば、すなわち合し、天下久しく合すれば、必ずや分す。

これは真理だと思うし、共産党王朝も、これまで支那史に現れた漢・晋・唐・元・明・清などと同じような運命を辿ると思います。

そのとき、大陸で大規模な飢餓や争乱があり、助けを請う支那人が現れても、絶対に耳を貸さないこと。これまで、孫文や蔣介石、周恩来や鄧小平というように、日本の力を支那大陸に引き入れるよう画策した支那人が数多く現れましたが、これらの人々に情けをかけて、ろくな結果になっていません。8月15日の再来を避けたければ、海を隔てたこちらから、ビールを片手に支那の狂乱を笑っているに限ります。

laughing Salesman said...


「間違いだらけの日中近現代史」(倉山満、扶桑社)によると、中華帝国の盛衰には下記のような基本的パターンがあるそうです。

1. 新王朝の成立
2. 功臣の粛清
3. 対外侵略戦争
4. 漢字の一斉改変と改竄歴史書の作成
5. 閨閥、宦官、官僚など皇帝側近の跳梁←今ココ。
6. 秘密結社の乱立と農民反乱の全国化
7. 地方軍閥の中央侵入
8. 最初に戻る。

なるほど、比較的に資料のある清末の状況を振り返ると、次に来るのは6の段階のようであって、その予兆は既に現れている。中華人民共和国も、1→5の過程を忠実に辿っている。

国共内戦は1、文化大革命は2であって、チベット・南モンゴル・ウイグルへの侵攻や朝鮮出兵は3であり、簡体字の制定は4だ。今、「赤い権貴経済」と云われる賄賂・汚職の数々は5にあたる。

試しに「群殴」というキーワードでyoutubeを検索すると、6の予兆と思われるアナーキーな動画が多数見られる。

経済崩壊は、きっと「農民反乱の全国化」に直結すると思いますよ。ただし、過去と違うのは反乱の担い手が農民に限らないことです。

してみると、昨年9月3日の軍事パレードは、沈むタイタニックの最後の宴だったかも知れません。あちこち浸水して、まもなく沈む運命にある船の上で宴会をやってドンチャン騒ぎに酔い痴れている、これは怖い光景です。

natsu kaze said...

日本が愛されているという指摘はありがたく嬉しいものです。
同時に中国人でも日本びいきの人が沢山いるのも知っています。
観光は経済的利益にもなるのである程度は彼らを我慢するしかなく、
またそれが友好に繋がればありがたいことです。
情報戦を考えると、観光客は政治的に大事だというご指摘はもっともだと思います。

ですが、、、他の方もご指摘の通り、
中国、韓国は他の国とは違い、また中国と韓国でも違うのです。
中国人には愛国心というものはまったくないと、かねがね思っています。
東洋で最も個人主義あるいは家族主義の徹底した国です。
個人の好悪はあの国の政治にはなんの影響も与えません。
また好悪で政治を行う国でもありません。
沢山の親日がいたとしても、ただそれだけのことで、戦争を仕掛ける時はしかけて来ます。
国際情勢がわかり、論理的に思考出来る中国人は上手く一族と逃げることを考えるだけで
日本の為に何かをするという思考を持つ人達ではありません。
その点はアメリカの方とは大きく違います。

また韓国人は、すでに日本をよく知っていて非常に好きなのです。
おそらく世界で一番。
ですが、彼らには虚栄心と嫉妬は恥だという
日本人や欧米人が持っている概念が欠落しています。

例えば在日朝鮮人は朝鮮戦争を逃れたか経済難民として不法入国した人々ですが
彼らは自分のこどもたちにすら、強制的に連れて来られたと語ります。
あの愛国心の強い国で、戦争を恐れて逃げ出したという事実を彼らは恥と思うのです。
ですが、そのために嘘をつくことを恥とは思いません。

葬儀の時に泣くためだけの女性が雇われる風習が中国と韓国にはあります。
日本には古来からありません。
日本人は嬉しい時や感極まった時、情けなく人前で泣いたりする若者が多数いますが、
東日本大震災でご覧になったように、
本当に苦しく悲しい時には人前では滅多に泣きません。
故人を偲んで、泣きわめく人がいることが、
それだけ故人が素晴らしい人であった証拠だという考えが
この奇妙な風習にはあります。
日本人の私から観れば、それは、故人に対する敬意でも思慕でもなく、
葬儀の参加者に対するアピールです。
ですが、今日は都市部では廃れたとは言え、
このような風習が存在したことは
日本と両国国民の根本的な世界観の違いの証左です。

虚栄心は他者に対するもので、恥は自分に対するものです。
どちらが本当に恥ずべき行為か彼らの尺度は日本人とは違うのです。
そしておろらくアメリカの方とも。
世界一の整形社会なのも、慰安婦で嘘をつくのも、
ヨン様のご指摘通り、背後に中国がいるのは日本人の多くは理解していますが、
同時に彼らのこの民族的性格にもよるものなのです。
ですから、彼らは親日であると同時に反日であり続けます。
それはどれだけ日本を知っても変わりません。

中国の反日は、政府だけのもので、
国民はどうでも良いのでしょうが、だからと言って政府の方針が変わる可能性は無です。
韓国の反日は政治と同時に彼らのアイディンティティと思考方法によるものなので
なにがあっても不変です。
私たちは韓国人も中国人も良く知っています。
長い付き合いなので。

ご指摘の点は他の国の方への広報としてとても貴重なアドバイスだと心し、
笑顔でお帰り頂けるように一日本人として務めたいと思います。
勿論中国と韓国の方にも、、ですが、、。

長くなりましたが、
いつもヨン様の記事を楽しみにしております。
事実を追求される姿勢を頼もしくありがたく思っています。


長文になりましたが、

MM said...

>日本が愛されているという指摘はありがたく嬉しいものです

愛されているかどうかは疑わしいですね。中国人は現実的な民族で、自分の利益になる時は持ち上げ、役に立たなくなったらサッサと捨てる性質があります。日本を称賛する人は自国にないものを発見したからでしょう(感じのいい接待とか品質のよい商品とか)。何よりも彼らは自国の政府、自国の商品、(自国の人間さえ)を信用してないのです。信じたら馬鹿を見るのが分かってるから。

laughing Salesman said...

>中国人は現実的な民族で、自分の利益になる時は持ち上げ、役に立たなくなったらサッサと捨てる性質があります。

習近平が「新大国関係」・「太平洋二分論」を持ち出した、あの時、「もう日本はいらない」ということだったのでしょうね。支那のことわざに「狡兎死して走狗烹らる」というのがあります。敵を殺し尽くした挙句には功臣を殺してきた歴史が、彼らのDNAに沁みこんでいる。いよいよアメリカと張り合う時代がきた。日本はもういらん、それより歴史の復讐を果たしてやろう、ということだったのでしょう。

1980年頃、鄧小平は「賢くて勇敢で勤勉な日本人に学べ」と云っていました。あの時は、文革の後遺症がひどく、経済は落ち込み支那人は互いに不信感を募らせ、共産党指導部もどうしたらいいか分からない状況でした。欧米も共産支那にアレルギーがあって引いていたけれども、大平首相が大規模な円借款を出すと決めたので、他の国々も後に続いた。

1990年代に鄧小平が使ったという「韜光養晦」戦術も、悪意に解釈すれば、今、一般に言われているように日本をだまくらかしてやろう、ということだけれども、善意に解釈すれば、江沢民がやたら日本を悪玉視して弊害が目立ってきたので、「まあ、そんなに跳ね返りをしなさんな」という江沢民へのけん制とも受け取れる。支那の政治世界は、こういう、言葉を言葉とおりに受け取れないビミョーなところがある。

自分がヤバイ時は口八丁で命乞いをしてその場をしのぎ、機会が来れば忍ばせていた短刀で寝首を掻く、という怖い部分もある。

習近平は上海派のボス・江沢民に担がれて政権トップに就いたが、今、団派の胡錦濤と組んで上海派を潰しにかかっている。石油利権を握っていた周永康の逮捕は典型例です。石平氏によると、周永康は特警(機動隊)を動員して反撃に出ようとしたが、胡錦濤が戦車部隊を動かして押さえた、ということです。なかなか、楽しくなってきましたよ。

胡錦濤は胡錦濤で、自分が主席のときに江沢民派の連中の横槍でなかなか思うように政権の舵取りができなかったので、今、習近平と組んで上海派を倒しにかかっているけれども、上海派が全部倒れたあかつきには、習近平と戦争になりますよ。習近平はたくさん敵を作りすぎたから、倒すのは難しくない。

黄文雄氏によれば、支那は水滸伝の世界を想像するのが一番分かりやすいと云う。湖賊のいない湖はなく、山賊のいない山はない、ということです。そこいらじゅうにナゾの秘密結社やら暴力団や匪賊やらがいて、しょっちゅう互いに勢力争いをしている、ということです。こういう苛烈な政治世界が「中国四千年の悠久の歴史」であって、今、13億のピラニアの子孫を形成しているわけですよ。

支那人がいくら日本をひいきにしてくれても、「民意を問うシステム」がないので、どうしようもないですね。一度も民主主義が実現した試しがない。これは支那社会の特質であって、我々がお節介すべきことでもない。

こういうアナーキーな世界、あくまで「見るぶんには」ですけと、私はあまり嫌いではないのですよ。海を隔てて笑うに限る。けっして、良い子は巻き込まれてはいけません。
↓↓↓
https://www.youtube.com/watch?v=_fq_qBXSjuA

laughing Salesman said...

ところで、私も高校生のときには「論語」に傾倒し、渋沢栄一翁のいう「左手に論語、右手に算盤」にいたく共鳴していた時期もあるのに、いったい、「論語」「孔子さま」の本場の支那がどうして、こんなにひどい地獄界になってしまっているのでしょう。賄賂や横流しが横行しちるし、紙くずは道路に捨て放題、ウンコはところ構わずし放題、ケンカし放題、公害出し放題、公徳心のカケラもないようですし、生まれながらのうそつきでペテン師で石器時代人のようです。まさに「東洋の野蛮人」というにふさわしい。

あ、そうだった。文革のときに孔子廟はみんな焼いちゃっているし、論語も穴掘って埋めたり焚き火にしている。鄧小平が選挙の導入に反対した理由が「国民の大部分は自分の名前もかけない文蒙である、そんなところで、どうして選挙ができるのか」だった。

支那人の大部分が石器時代人で、放っておくと殺し合いをするから、孔子さまは「論語」にある言葉を残して、少しでも人間らしい生き方を説いたが、世に受け入れられずに不遇のうちに死んだのでしたね。一番弟子の子路も殺されて塩漬けにされて食われているし。

支那はヤバイところです。

44gou said...

>私の考えはこうだ、数百万人の中国人観光客を日本に呼び寄せることで、中国の日本に対する情報戦の効力を大きく失わせることができる。尊敬できて好印象を懐いている人を攻撃するものはいない。
私が知っている日本を訪れたことのあるタイ人と米国人は例外なく日本の親善大使となった。多くの中国人と話してみたが、このことは中国人にも当てはまるだろう。普通、好きな国の人々と戦争はしたくないものだ。


そうあってほしいものだね。

外客数全体/中国人外客数
2015年 19737400人/4993800人
2014年 13413467人/2409158人
2013年 10363904人/1314437人
http://www.jnto.go.jp/jpn/reference/tourism_data/pdf/2013_15_tourists.pdf

ここ3年で300万人以上の増加をみせてる訪日中国人。ヨンさんが言う、

>数百万人の中国人観光客を日本に呼び寄せることで、中国の日本に対する情報戦の効力を大きく失わせることができる。

これはすでに実現している。あとはどのような影響があるか見守る段階だね。

44gou said...

中国、韓国を敵視し、いかに打ち負かすかなどの好戦的な見方ばかりが氾濫するのが日本のネット世論の風潮だけど、いかに戦争や争いを回避するか、これの方が実際生産的、建設的な正しい在り方だと思う。WW2当事の大日本帝国と周辺諸国の軍事情勢かなんかと錯覚しているのかと思うほど、中国や朝鮮の軍事力を過小評価し、戦争になれば勝てるとでも思っているような意見が目立つ。以前このブログでも書いたけど、抑止力としての朝鮮不要論などがまさにその表れ。

そんな現状にうんざりする中、今回の記事のヨンさんの考え方は好きだな。

44gou said...

中国、韓国の欠点や悪い面だけを論い、国民に危機感を周知させナショナリズムを喚起させる必要はまだ少しはあるかも知れないけど、それ以外に憎悪の対象として、日ごろのストレスや鬱憤を晴らすはけ口として中国、韓国をネタにする人々が多く存在することを日韓合意以降に意識的にネット上のコメントを観察することで確認できた。これはサヨク陣営が言うネトウヨの定義に当てはまってしまう状態で危険な兆候。

例えば、在特会のやり方や実際の活動は支持できないが、理念や結果とするモノは理解出来るというのが彼らを黙認してきた大衆の感覚だと思うけど、そういうギリギリのところで世論や空気に支えられて維持されてきたけど、ついに法務省が阻止・規制する方向に舵を切った。ヘイトスピーチ条例を施行した大阪市も同様。そのように行き過ぎた感情や行動は自らの動きを縛ることになりかねないから、中国、韓国の欠点や悪い面だけを論うだけではなく、様々な観点から彼らを捉え観察していくことでバランスのとれた認識を構築していくべきだと思う。

行き過ぎた嫌韓感情やそれを煽り立てる人々の発言やその姿は、国民の8割9割を占めるであろう関心のない大衆にはどのように映るか、それはハッキリ言って頭のイカれたネトウヨとみるでしょう。そのような人々はWW2当時の新聞に煽られ戦争を是として熱狂した以前の日本人の姿そのまんまでしょう。アメリカはそのような日本人のナショナリズムを警戒してWGIPで押さえ込もうとした。ランド研究所の尖閣有事シミュレーションのまとめでも触れていたように、今もその日本のナショナリズムを警戒しているし、知日派と言われるリチャードアーミテージやジョセフナイなどのも健全なナショナリズムは必要だが、WW2当時のような日本のナショナリズムには警戒を示している。

全く関心がなく危険なレベルで無知な日本人が大半だから、まだまだ周知活動は必要だと思うけど、タイミングや場所、バランスのとれた主張やアドバイスを行えないならキチガイ扱いされて排除される危険もあるから、嫌韓・嫌中にあまりにも偏った発信は垂れ流さないほうがいいと思うなぁ

法務省がヘイトスピーチ動画を削除要請、実行 初のケース
http://www.sankei.com/affairs/news/160214/afr1602140006-n1.html

laughing Salesman said...




ケント・ギルバート GHQと占領憲法とWGIP
http://ochimusya.at.webry.info/

44gou said...

大東亜戦争【不屈の武士道精神】
www.youtube.com/watch?v=7QQzmAQ7wEc

この動画の方が好きですね。大東亜戦争史観は眉唾ではあるものの、一理あるだけに心に響きますね

laughing Salesman said...

44gouさん:

大東亜戦争ですけど、私も「東京裁判史観」のなかで育った一人なのですよね。

青年になろうとしている頃に見た映画で、題名は忘れたけれども、加山雄三(この頃は、若大将シリーズで絶大な人気があった)が外交官に扮して、日米で鉄や他の金属の産出量の違いを挙げ、絶対に勝てない無謀な戦さをなぜやるんだ、と軍人に迫る場面が印象的で、私も「バカなことをするなあ、なぜなんだよ」と思った。その後、いろんな本を読んでも、日本は日清・日露の戦争で勝ったために野郎自大になって世界に戦争を仕掛け、すってんてんになったという論調で書かれていて、とくに反論も耳にしなかったので、そのまま受け止めていた。

私の世代は、いわゆる「いちご白書世代」であって、「戦争を知らない子供たち」を歌いながら成人に至ったうえに、何処の家庭も親どもが「金の卵」と言われて都会にやってきた農村出身者ばかり。つまり、どこを向いても無学な人ばかりなので、「絶対に勝てない戦さをなぜしたか」という素朴な疑問に答えてくれるわけもない。学校の先生だって大学の恩師だって、似たり寄ったりです。

私が「東京裁判史観」に重大な疑問を抱いたのは、若い頃に読んだ菊池寛の小説「三浦右衛門の最後」を思い出したことがきっかけでした。(今は「青空文庫」で無料で読めますから、是非一読をお勧めします。)

武田勢に攻め込まれ、主人を置いて逃げ出す今川の若侍・三浦右衛門は、たちまち、武田方の警戒線にひっかかります。「命ばかりはお助けを」と命乞いをする右衛門に対し、周囲の侍たちは凶暴な気持ちになり、ならば「手を一本よこせ、足を一本よこせ」と、次々に要求を大きくしていく。つまり、凶暴・強大な敵を相手にして、命乞いをすれば、なぶり殺しの目に会い、あざけりの中で死んでいく、ということです。似たような凶悪事件は、別に珍しくもなんともなくて、我々の身近にもありますよね。

「日本は三浦右衛門ではなかったから、絶対に勝てない戦さに打って出たのではないか」という疑問が湧いてきて、そうしたら、玉砕や特攻という非合理的な作戦にも一理があるように思えてきた。

これが確信に至ったのは、天皇侍従の永野修身が開戦にあたり、陛下に「戦っても亡国です。戦わなくても亡国です。しかし、戦えば、護国の精神はこの国に残り、未来の日本人が必ずや立ち上がってくれるでしょう」と申し上げた、この一言があったことを知ったからです。

私は自分の本質を「歴史の徒」だと思っていますから、私の今後の重大なテーマは、支那事変から大東亜戦争に至る過程で、日本・中国・アメリカの戦争指導者の間で、どのような意思決定の推移があったか、それを明らかにして、東京裁判の審理や判決と見比べること、それを世に明らかにすることです。私は元々、米国史に興味があって、「南北戦争」をライフワークと決めていたのですけど、先祖に着せられた濡れ衣を晴らすほうが絶対的に優先される。

私も、もう還暦が近いですから、あとなんぼ命が残っているかわかりませんけれども、このテーマに取り組みながら死を迎えることが、自分の世代に課せられた義務のように思っています。

laughing Salesman said...

もうひとつ指摘しておきたいことが、日本の歴史には負け戦のなかでも奮戦して、敵方にも尊敬される武将が出てくることです。湊川の戦いで戦死した楠木正成が典型ですが、関が原の戦いで家康本陣を目の前に退き陣に転じた島津義弘、大阪夏の陣の真田幸村もそうです。島津家は、敵に回したら怖い家ということで、江戸時代を通じて幕府から警戒されていたし、真田幸村なんて、時代の趨勢を考えたら参加すべきではない戦いに参加しているけれども、その武名が後世まで語り草になっている。

戦前、楠木正成の「桜井の別れ」が武将の鏡として唱導されていたことはあまりも有名で、徴兵制が何世代にもわたり施行されるなかで、日本国民全体が侍の理想像に心を躍らせていた、と考えても不思議はないと思います。

青葉しげれる 桜井の
里のわたりの 夕まぐれ
木の下かげに 駒とめて
世の行末を つくづくと
しのぶ鎧の 袖の上(え)に
散るは涙か はた露か
正成涙を うち払い
わが子正行(まさつら) よび寄せて
父は兵庫に おもむかん
かなたの浦にて 討死せん
汝(いまし)はここまで 来つれども
とくとく帰れ ふるさとへ

B29による本土爆撃のすさまじさや原爆投下は、後になってから分かることであって、開戦当初は米国の物量の猛烈さは予想しなかったはず。会津戦争のように城が落ちても領民(国民)が残れば再起ができるけれども、原爆投下で国民が全滅するかもしれない事態になり、昭和天皇は、とうとうポツダム宣言を受諾ということになった。

戦争遂行能力ということでは、レイテ沖海戦で海軍艦艇の大部分が失われていたので、そこで本当は終戦という判断になるべきであったけれども、日本が落城しても、満州からなお戦いを挑めばやれるという考えがあったことは、小野田寛郎氏の口から述べられています。だから、終戦の詔を発したときの昭和天皇の判断は、戦争遂行を担う軍部や内閣の考えを超えたところにあった、と思いますよ。

laughing Salesman said...

追記:

「とくとく帰れ ふるさとへ」の後に「老いたる母のましまさん」があったと思うのですが、感ちがいかな。この太平記にある一幕は、日本人が大事にしてきた、「忠」と「孝」の二つの思想を見事に表現していると思うのです。主家に仕えることを「忠」と云い、生家に仕えることを「孝」という。儒学も煎じ詰めれば忠と孝に行き着き、武門には来世を祈る仏教が欠かせず、皇軍兵士は天皇に仕える臣民であるから神道の徒であるということで、儒・仏・神の三つが同時に「桜井の別れ」の短い節のなかに込められている。「桜井の別れ」が、戦前の日本人にとっては宗教のような信仰を持っていたことは、想像に難くない。今の時代に合うことなのか分かりませんが、爺いのタワゴトとして紹介します。