Monday, June 8, 2015

Japanese Army Behavior during World War II – an interview in Myanmar

I spent about three weeks in Myanmar (Burma) interviewing many elderly people about Japanese during World War II. Some of the interviews were long, and others were short like this 14-minute interview. (Some was not on this video.) The interviews unfolded in many towns and villages, hundreds of miles apart.

I was taught as a child that Japanese were uniformly savage across Asia, and all of Asia hates Japan. Now having spent years in twenty Asian countries, I know this to be untrue.

Only 3-4 countries do not like Japan: China, the Koreas, and Japan. Everyone else seems to respect Japan and like Japanese people. Reality often differs from popular narratives.

During this comfort women research, I have visited a number of countries, including Philippines, Thailand, and Myanmar. Funding has dried up making research screech to a halt, so I have not been writing as much lately. But I did find some very interesting information before the funding spigot was turned off.

For instance, in Philippines, Thailand, and Myanmar, I have heard people say the exact thing repeatedly: That Japanese treated them like brothers and sisters. There were some atrocities and I have come across some, but there is another side. Many people were endeared to Japanese. My lessons from childhood are not holding up to the acid test of research.

In nearly all the interviews, the interviewee did not know we were coming. We travelled to sites of known battles or occupations, and basically asked, “Where are the old people.” All were willing talk.

And so this 87 year-old woman at Sittang village was at the temple in the village. She is easy to find if someone wishes to audit or follow up.

Japanese Soldiers returned after the war for many years to visit the village. Hardly the behavior of someone who committed war crimes.

And this lady is specific in the video that Japanese were good to them. A man in the village showed me the scar on his arm where Japanese inoculated him for small pox.

This lady says she was born in the Burmese Calendar year 1290, which on the Gregorian calendar is 1928. This is 2015, and she says she is 87, indicating she was born in about 1927 or 28. In the video 1927 is mentioned.

Japanese left this area 1945, so she was about 17, not 20 or 21 as she recounts. So her recollection of her age at the time seems off.

As the British pulled in to fight, she mentions on the video Japanese told the villagers to leave. This is consistent with other reports in other places. Japanese did not commit wholesale murder of the villagers, but told them to save themselves.

My apology for the low quality video. For the first couple of minutes my translator held the camera, and then I stabilized it but the framing is bad. This video is more for my notes than broadcast. (If for broadcast I would have used better gear and more care.)

As for the translation, before I would use such video in any book or major article, I would have it translated by a certified translator, but with our budget this likely will not happen.

After so many interviews like this in three countries, it looks more and more that I was taught a great deal of false history as a child in America.



VIDEO LINK >>>


https://www.facebook.com/video.php?v=10152954911850665



17 comments:

Anonymous said...

訳してみました。

先の大戦での日本軍――ビルマでの調査

ビルマで約3週間を過ごし、先の大戦時での日本軍について多くの老人たちに尋ねた。面接は長かったり、この面接のように14分だったりした(このビデオに入っていないものもある)。面接は何百マイルも離れた多くの町や村で行った。

私は子供の頃、日本軍はみなアジア一円で残虐な行為を働き、アジアの人々はみな日本人を憎んでいると教えられた。アジア諸国で何年も過ごした今、私はそれが本当でないことが分かった。

日本を憎んでいるのは数カ国だけだ――シナ、朝鮮、そして日本そのものだ。その他の国々は日本人を尊敬し好きだと言っている。一般に話されることと現実はしばしば違っている。

今回の慰安婦調査で私は多くの国を訪れた。フィリピン、タイ、ビルマなどだ。資金が足りなくなり調査が悲鳴を上げたので、最近はそれほど多くの記事を発表することができない。だが、資金が枯渇する前にとても興味深い情報を得た。

たとえばフィリピン、タイ、ビルマで、私は間違いなく次のようなことを何度も聞いた――日本軍はわれわれを兄弟姉妹のように扱ってくれた、というのだ。時には残虐なこともあったし、私もそのいくつかを見つけたこともあるが、別の一面もあったのだ。現地の多くの人々は日本人に「愛されて」いた。私の子供時代以来教えられてきたことは、調査による「酸性試験」に耐えるものではない。

殆どすべての面接は、予告なしに行ったものだ。私たちは既知の戦場あるいは占領地を訪れ、いつものように「昔の人はいますか」と尋ねた。みんな進んで語ったくれた。

シタン村のこの87才の女性は村の寺で面接した。私の面接を確認しあるいはその後を調べたいなら、この人はすぐに見つかるだろう。

戦後何年もの間日本軍の兵士たちは村を再び訪問してくれた。それは戦争犯罪を犯した者の振る舞いではない。

ビデオのこの老婆はとくに、日本軍がかれらに対して「よく」振る舞った、と言う。村の別の老人(男)は腕の傷を見せてくれた。それは日本軍が天然痘の予防注射をしてくれた痕だった。

老婆はビルマ暦の1290年に生まれたという。西暦1928年だ。いま2015年なので87才、生まれたのは1927年頃で、ビデオでも1927年と言っている。

日本軍は1945年にここを撤退したので、そのころ17才であり、老婆が言うように20歳でも21才でもない。当時の年齢を忘れてしまったようだ。

イギリス軍がやってきたとき、日本軍は村民に逃げろと命じた、と老婆はビデオで言っている。これは他の地域で得た別のレポートとも一致する。日本軍は村民の大虐殺は行っていない。

ビデオの質がよくないことは申し訳ないと思う。初めの数分、通訳がカメラを持っていて、その後私がカメラを支えたが、フレーミングがよくない。ビデオは放送用というより私のメモ用だ(放送用ならもっとよい機材を使いもっと注意を払っただろう)。

通訳についてだが、著書や大切な記事なら使うビデオの通訳は資格ある通訳に頼んだだろうが、今回は予算の関係でそれができなかった。

3カ国での何回もの面接を行って、私が子供の頃母国で教えられた歴史にはたくさんの嘘があることがだんだん分かってきたと思える。

シリカ太郎 said...

あちらのフェイスブックの動画欄にも同じコメントを入れましたが
こちらにも念のため入れさせてもらいます。

碓井哲郎 氏でググると彼はいわゆる西早稲田系の左翼ですね。
元 JICA 専門家の碓井哲郎氏とだけ見ると、彼に政治性が
ないような中立的な立場のように一見みえるが
実は違うのです。JICAといえば、外務省の外郭団体です。
今は左翼といっていいような孫崎さんやら妙な人はいますね。

2015年05月14日12:29 安濃豊
左翼の巣窟たる「日本の戦争責任資料センター」の常連である。
http://blog.livedoor.jp/giranbarekanjya/archives/51453539.html
マイケル ヨンが戦争犯罪調査に入っている
ビルマ・カラゴン村事件(1945年7月に発生したとされ、
戦犯として3名の日本軍人が処刑されている)だが、
この事件に刺さり込んで反日運動をしている日本人が
今回マイケル ヨンが頼りにしている碓井哲朗なる人物である。

この碓井哲朗をネットで調べたら次のように出てきた。
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/26e0b41edfbd744ad5ed40847a9e2c8f
季刊「戦争責任研究」76号が発行されました 
<特集> 靖国神社問題/日本の戦争責任資料センター
2012-07-02 21:11:17
ビルマ・カラゴン村事件とその取り組み
岩根承成・碓井哲郎

左翼の巣窟たる「日本の戦争責任資料センター」の常連である。

日本の戦争責任資料センター
Center for Research and Documentation on
Japan's War Responsibility
http://space.geocities.jp/japanwarres/
http://ja.wikipedia.org/wiki/日本の戦争責任資料センター
1993年4月に発足、同年7月に慰安婦についての調査資料を
日本政府に提出、その後も活動を続けており、
シンポジウム、外国記者クラブでの発表、
慰安婦問題に関する声明などを行っている。
共同代表
荒井信一(茨城大学名誉教授)
吉見義明(中央大学教授)
藍谷邦雄(弁護士)
川田文子(文筆家)

事務局長
上杉聰(関西大学講師)

機関紙編集長
吉田裕 (一橋大学教授)

研究事務局長
林博史(関東学院大学教授)
機関紙として、『季刊・戦争責任研究』を発行している。
2007年6月夏号で通算56号。学術誌の体裁で、
内容もそれに準じて主要記事には出典などが明記されている。
掲載記事は、国会図書館蔵書検索および
日本の戦争責任資料センターのウェブサイトで検索できる。
一般の書店では扱っていない。

2009年9月25日、VAWW-NETジャパンが慰安婦問題の
立法解決の可能性を探るため、
日本の戦争責任資料センターに所属する
弁護士の藍谷邦雄を講師に招いた[2] 。

コメント一覧より
1. 松井秀幸 2015年05月16日 09:30
安濃豊様
私はマイケルヨン氏の英文の翻訳者の1人です。
ビルマカラゴン村事件の記事は私が2つとも訳しています。
碓井哲郎氏についての情報、感謝致します。
碓井氏に関していろいろ情報を集めて
マイケル氏に伝えておきました。

2015年05月14日13:51 安濃豊
マイケル ヨンは当然ソンミ村虐殺事件についても
言及するはずです。 
Michael Yon should refer ,My Lai .Posted by 地デジ難民
http://blog.livedoor.jp/giranbarekanjya/archives/51453541.html
日本語訳を読みましたが、わかりづらい日本語ですね。
ところで、この処刑に関して何のためにやったのか
その理由は書かれていないようでしたが,
ヨン氏は聞いていないのでしょうか。
単に略奪目的ならば、600人も集めて
殺す必要が無いように思うのですが。

答え:
戦犯裁判では次ぎように説明されたようです。

 タイへ向けて退却中だった日本軍の退路を村民が
イギリス軍のスパイとしてイギリスへ通報していたようです。
イギリス軍に退路を知られては日本軍は
大損害を被るわけですから、スパイ摘発に動くのは当然でしょう。
敵のスパイは敵軍の一員と認識してよいわけですから。

 村人全員が敵への協力者であったなら処断せざるを得ません。
 ビルマ政府がこの事件に言及しないのは
カレン族らの少数民族は未だにビルマ政府軍の敵だからです。
当時の日本軍にしたと同じように、
カレン族は未だに外国勢力と組んで政府軍を攻撃しています。

 日本軍現地指揮官は戦犯として処刑されていますが、
現場検証もせず、遺骨発掘も行わず戦犯とされました。
マイケルヨンも同じ事をしようとしています。残念ですが。

ヨンは戦争参加国すべてに戦争犯罪があることを
証明したいのでしょうが、遺骨発掘もせずに
断定するのは無理があります。
BC級戦犯は冤罪が多いですから。

 ベトナムでも米軍は村人による
ベトコンへの協力に悩まされ、
同じようなことを繰り返しました。
ヨンは当然ソンミ村虐殺事件についても言及するはずです。

シリカ太郎 said...

木村 シリカ 太郎
https://www.facebook.com/video.php?v=10152954911850665
Michael Yon should refer ,My Lai .Posted by 地デジ難民
http://blog.livedoor.jp/giranbarek・・・/archives/51453541.html
日本語訳を読みましたが、わかりづらい日本語ですね。
ところで、この処刑に関して何のためにやったのか
その理由は書かれていないようでしたが,
ヨン氏は聞いていないのでしょうか。
単に略奪目的ならば、600人も集めて
殺す必要が無いように思うのですが。

答え:
戦犯裁判では次ぎように説明されたようです。

 タイへ向けて退却中だった日本軍の退路を村民が
イギリス軍のスパイとしてイギリスへ通報していたようです。
イギリス軍に退路を知られては日本軍は
大損害を被るわけですから、スパイ摘発に動くのは当然でしょう。
敵のスパイは敵軍の一員と認識してよいわけですから。

 村人全員が敵への協力者であったなら処断せざるを得ません。
 ビルマ政府がこの事件に言及しないのは
カレン族らの少数民族は未だにビルマ政府軍の敵だからです。
当時の日本軍にしたと同じように、
カレン族は未だに外国勢力と組んで政府軍を攻撃しています。

 日本軍現地指揮官は戦犯として処刑されていますが、
現場検証もせず、遺骨発掘も行わず戦犯とされました。
マイケルヨンも同じ事をしようとしています。残念ですが。

ヨンは戦争参加国すべてに戦争犯罪があることを
証明したいのでしょうが、遺骨発掘もせずに
断定するのは無理があります。
BC級戦犯は冤罪が多いですから。

 ベトナムでも米軍は村人による
ベトコンへの協力に悩まされ、
同じようなことを繰り返しました。
ヨンは当然ソンミ村虐殺事件についても言及するはずです。

2015年05月15日16:02
邦訳を担当された松井秀幸氏から
コメントが来ましたので紹介します。
http://blog.livedoor.jp/giranbarek・・・/archives/51453587.html
以下に私(安濃)の考えを記します。
現地裁判での被告日本兵への弁護側発言がすべてを語っていますね。
要するに退却中で損耗率50%以上の日本軍部隊を攻撃する
イギリス空挺部隊をカラゴン村住民は村を挙げて支援し、
一部の村民は武器を得てゲリラとして戦闘に加わっていたと
言うことですね。
この虐殺が事実であったと仮定しても、
現地日本軍側からするとこれは防衛作戦ということになる。

当時の日本軍にすれば、わざわざビルマまで遠征してきて
兵の半数が戦死して、イギリス軍を追い払い、
独立させてあげたのに(1943年8月1日)、
アンチビルマ族の少数民族がイギリス軍に糧秣を与え、
いっしょになって攻撃してきたら、
そりゃあ反撃するでしょう。

ビルマ少数民族のイギリス贔屓は今でも続いている、
”民主化”で有名なアウンサンスーチーの支持基盤は
反政府の少数民族である。
少数民族はイギリス植民地時代、
ビルマ族を支配する立場を与えられていた。
だから彼らはイギリス人を夫に持つスーチーを
民主化”の旗頭にして, 政権奪取をはかっているのである。
夢よもう一度というわけだ。

スーチーが政権につくと言うことは
イギリスにより”再植民地化”されることを意味する。
それ故、日本軍と共に戦い独立を勝ち取った、
ビルマ軍事政権はスーチーの跋扈を許さないのである。

カラゴン村虐殺についてビルマ軍事政権が
何の反応も示していないのは、このような理由からである。
カラゴン村のビルマ少数民族は独立間もない
ビルマ政府にとっても敵だったのである。
そして、その敵は今も政府軍を攻撃している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/カレン民族解放軍
ビルマ独立を目指した帝国陸軍が再植民地化を企む
イギリスとそれを支援する少数民族を攻撃するのは
当然の行いである。
婦女子まで巻き込んだことを非難するなら、
米英に帝国陸軍を非難する資格はない。
何故なら彼らは世界中で婦女子を殺戮しまくっていたからだ。
(広島、長崎、東京、ドレスデン、ハンブルグ、
米軍機による小学校銃撃など)

話は変わるが、当時の戦犯法廷は南京事件による
松井岩根大将処刑に見られるとおり、でっち上げ、
罪状の誇大化による判決が多く下されており、
600名という数は誇大化されてないだろうか、
いずれにしても遺骨を確認すべきである。
正確に把握するため、霊を弔うためにも。
遺骨発掘がされていないというところに私は疑問を感じている。
犠牲者の数が誇大化されているから、
発掘できないのではないだろうか。

それから、マイケルヨン氏へお願いがある。
公平な報道を常に心がけているマイケルの目標は
「戦争犯罪などどの国にも存在する」と言うことを
明らかにすることだと思うが、
ひとつ気をつけなくてはいけない点がある。
それは、旧日本軍による戦争犯罪は
いおわゆる”戦勝国”によって
粉飾されたものが多いと言うことである。
ここを割り引いて考えないと公平性を欠くことになる。
そのためにも、カラゴン村事件に関わるなら
遺骨の発掘が必須となる。
・・・以上、安濃 豊.氏のブログエントリより

2015年6月8日月曜日
フライング・タイガーこそ、アメリカが真珠湾攻撃以前から
対日戦争に参戦していた何よりの証拠。
【宣伝戦】ブルース・ウィリス、アンジーに続いて反日映画に起用[桜H27/6/8]
http://ianhumondai.blogspot.jp/2015/06/h2768.html
手前味噌で申し訳ありませんが、フライング・タイガースは
実はビルマでも活動していたとたまたま知りました。
今回、ブルース・ウィリスがおそらくクレア・L・シェンノートという
国民党軍に傭兵として雇われ、米国からも密かに航空機などの提供を受け
事実上、真珠湾攻撃以前から米国は参戦していたも同然だっという映画を
中国が作るそうです。
まあ、都合のいい反日映画だろうとは思いますが・・

Anonymous said...

中国、南北朝鮮、日本が日本を嫌っている・・・と、真実に触れ段々と核心に近づいてきているね。
もちろん核心は連合軍&最も影響力をもっていたアメリカによる世界的なプロパガンダ。日本での反日勢力の台頭はGHQの戦後政策によるものと結論がでているけど、ヨンさんは自身の経験を基に自論を展開する主義みたいだから、これ以上核心に迫るなら日本に来て調査する必要もでてくるね。さらに日本以上に国民に対するマインドコントロールが進んでいるアメリカにも言及してもらいたい。

今の世界情勢や在り方からアメリカが悪であるとは思わないけど、WW2当時のアメリカがどんな国だったかをアメリカ人が再認識する機会として是非調査を進めてほしい。日米は国交や国民同士の関係は良好みたいだけど、アメリカ人が歴史認識を改めることでさらに友好関係が強固なものになるし、それが中韓のプロパガンダ勢力へ大きなダメージを与える相乗効果も大いに期待できる。

慰安婦問題から方向修正する可能性もあるみたいだし、今回なにをゴールとして調査・発表しているのか分からないけど、ジャーナリストとしての使命を全うするなら真実を暴くことだろうから、元軍人でアメリカを愛しているであろうヨンさんが自国批判に矛先を向けられるかどうか注目したい。

今後どのような記事を展開するのか興味深いね。

シリカ太郎 said...

何度も申し訳ありませんm(__)m

Anonymous said...訳してみました。
June 8, 2015 at 11:48 PM
http://michaelyonjp.blogspot.com/2015/06/japanese-army-behavior-during-world-war.html?showComment=1433774934182#c6355640980607486014
さんの翻訳で目からウロコで動画でおばあさんが話されてた内容は
日本人を糾弾していたわけではないようで、
どうやら私は早合点していました。
カレン族といえば、スー・チーさんの支持基盤でもあり
日本に厳しいことを言ってるのかなと
英語がわからない私は先走ってしまいました。
コメントの翻訳部分のみ、日本語でエントリーさせてもらいました
お許し下さい、ご迷惑なら、お知らせくだされば即エントリーは削除します。

2015年6月9日火曜日
ビルマでも日本軍は親しまれていた
・・・第二次世界大戦中の日本軍の行動
- ミャンマーでインタビュー
 マイケル・ヨン氏のブログエントリーより
http://ianhumondai.blogspot.jp/2015/06/blog-post_9.html

Anonymous said...

上のいくつかのコメント、4月28日のヨン氏の記事のことですね、

「村民600名を銃剣で殺害して井戸に投げ込んだ日本軍」

フェイスブックでもヨン氏はこのことを書いておられます。
https://www.facebook.com/video.php?v=10152954911850665

Michael Yon Michelle Jane Rosello Thank you for the comment. It seems to depend where one was and what side they were on. I visited one Bengali Muslim village in Myanmar that had been wiped out by Japanese.

About 600 people bayoneted and tossed into about 20 water wells. I went there and talked with the people and saw some of the wells. Those villagers were aiding the British. Of course we would have done the same but it would more likely have been done with more like airstrikes or artillery. Somehow when we do it with firebombing or standoff weapons it is defensible, but by bayonet it becomes a war crime.

I am not rationalizing either way, just recognizing that war is not black and white. But I have been surprised at how many people like the Japanese Soldiers after I was taught they were all hated. This clearly is untrue. They were not uniformly hated. Many people admired them.

4月の記事を見た時、私も違和感を抱きましたが・・・

ninnin said...

I am fed up with America. 

慰安婦ミュージカル
comfort women musical

http://www.comfortwomenmusical.com/

AZ said...

反日じゃなくて離間工作だと思いますよ。
真珠湾はアメリカ人にとって所謂免罪符です。
先制攻撃、しかも不意打ち(当時から外務には間諜がいたのでしょう)というのが東京大空襲から原爆投下までを正当化する根拠というか言い訳ですよ。

それが先に手を出したのがアメリカとなればどうなるか。作品が出来たら日本国内の工作メディアに騒がせる腹積りじゃないんですかね。主演の日本での知名度も高く集客も見込めるというか、即「地上波初放送」になるでしょう。映画の完成が間に合えばですが。

Anonymous said...

シリカ太郎様
ビルマのカレン族に関する背景の説明、ありがとうございます。
初めて知りました。
その600名の村民というのはゲリラであっただろう、ということですね。
もっと多面的な調査が必要と感じます。

yositune said...

銃剣で非武装の住民600人を殺害できるでしょうか。
元東京日日新聞社カメラマンの佐藤振壽氏の証言でも「処刑する兵士達は発狂状態」とテレビでも言っていた。
いかに戦慣れした兵士でも、正常な神経で住民の銃剣処刑は無理だろう。

 ナチスがなぜガス室を作ったか、収容所管理の親衛隊員で処刑部隊でも精神を病む者が続出したからだ、と記録されてる。

慰安婦20万人説、南京30万人虐殺説、、、、
中華民国の公式資料(台湾政府保管)に、日中戦争による中国軍民被害は軍民和わせて六百数十万人(死傷)
と記録されてるのに、1990年代に突然「被害2000万人の犠牲者」と主張され、現在も戦死者が増え続けて
3000万人を超えてきている。
この中華民国政府の調査資料は蒋介石命令で調査記録された、対日賠償交渉の為の基礎資料だった。

少し正常な頭脳の持ち主なら、可能な行為かどうかぐらいは判断できそうだけど
爆弾を投下するのと違い、銃剣での殺害は行為者の受ける精神的ダメージが大きすぎる。
簡単な行為では無い

MM said...

ninninさん、

>I am fed up with America. 
慰安婦ミュージカル comfort women musical

慰安婦問題は日本や韓国からみると大問題ですが、一般の米国人はそんな問題知りもしなければ興味もないのが現実です。像の設置などは中韓系が影響力を持つ地域だけで起きていることで、彼らは本や映画(今度はミュージカル)などを日本貶めに利用しています。だからと言って fed up with Americaというのは現実に合わないと思います。なぜなら、アメリカは多民族国家であり、中韓系はその一部でしかありません。
ヨン氏もどこかで「この問題は世界的な視野でみればとても小さく、日韓を除けば関心を持つ人も限られている」と書いていたと思います。

Anonymous said...

Japanese are no saints!
Have a good look on how they had mistreated Chinese

http://youtu.be/H9yKqcs699k

Anonymous said...

>Japanese are no saints!

Saints? Who said anything about saints??
There's not even one comment on this blog (or anywhere else) saying that the Japanese are or were saints.

Anonymous said...

ブログ管理者の方、上におかしな動画とコメントが入っています。

削除してください。

Seiko C-K said...

June 10, 2015 at 11:39 AM
>>ブログ管理者の方、上におかしな動画とコメントが入っています。
>>削除してください。

いえいえ、削除してはいけません。
戦中戦後にわたる戦勝国のプロパガンダによって、世界が第二次世界大戦をどう考えるに至ったのか、その間違いを正すためにも、こういうのはしっかり見ておく必要がありますよ。

ここに集まる人はとっくに知っていると言うかもしれませんが、この投稿者のように一言をぼそりと言うだけだったり、個別の事項を挙げたり、色々な形のコメントがインターネットに見られるものの、証言や民間の書物以外に証拠になる公式文書を添付しているのを見たことがありません。彼らの発信様式を折に触れて確認できるのは、こちらの論法を考える上で非常に参考になります。

yositune said...

バトル・オブ・チャイナはプロパガンダ映画です。

上海事変で上海市街地のデパートを爆撃したのは中華民国空軍なんですよ。
その前映像に日本海軍の96式陸上攻撃機の映像を載せて、あたかも日本軍が上海市街地を爆撃してるかのような
映画にへ編集してありますね。
しかもこの1937年には、日本海軍の96式は制式化して一年目で、部隊配備が始まったばかりで、実戦には参加
していませんし、機数もない。

 この中華民国空軍の市街地爆撃で多くの中国一般市民が犠牲となりました。
中華民国は厚顔にも「日本軍が爆撃した」と放送しました。
その後、中国空軍の爆撃であることが判ると「日本海軍の軍艦を狙った爆撃で誤爆した」と言い訳をした。
海と市街地の見分けもつかないようです。

yositune said...

中華民国空軍による上海パシフィックホテル爆撃

http://www.geocities.jp/sada5ro/shanghai2.html