Saturday, February 4, 2017

新刊紹介:「慰安婦について: 戦時中の米軍の記録」アーチーミヤモト 著

私の尊敬する英国人ジャーナリスト、アンドリュー・サーモン(Andrew Salmon)は作家でもあります。 彼はこの宮本氏の本を「第一次史料に基づいて書かれた 慰安婦問題についての概論であり、必読書である。」と評しています。

そんな重要な本を紹介しなければならないのですが、しかしそれ以上に興味深いのは、著者、アーチ−・ミヤモト(Archie Miamoto)氏です。私が今まで会った人の中でも彼の人生の面白さは トップクラスです。 宮本氏はアメリカ人ですが第二次大戦中の数年間を日本で過ごしました。現在 88歳。カリフォルニア在住です。

アーチー宮本氏は戦後、米国陸軍に入隊し、朝鮮で2度、ベトナムで2度、戦闘に加わりました。(彼のように朝鮮戦争で二度も戦った人を何人 知っていますか?)

ひとまず 宮本氏の人生の概略をご紹介しましょう。本当は面白いエピソードが満載なのですが。

宮本氏は 日本で 第187 空挺連隊にいた後、米陸軍のフォート・ブラッグ(Fort Bragg)に戻り、その後、飛行学校に志願しました。卒業後、休暇で西海岸を訪れる途中、アリゾナのスーパースティション連山(Superstition Mountains  この地域は秘匿されたスペインの金鉱 として有名)のあたりで探鉱者を車に乗せたところ「埋められたスペインの黄金を掘り出すために助けが必要」と言われたので一緒に砂漠に行き、金鉱で作業中、菌に肺が感染してしまいました。

その後   第2装甲騎兵連隊 および第4歩兵師団に飛行士として勤務、その間、肺の感染症を完治するために陸軍病院で入退院を繰り返し、計2年間は病院のベッドで過ごさなければなりませんでした。退院後 軍務に復帰した宮本氏は、 朝鮮戦争によって大学 を中断したので大学に戻ります。

大学 卒業後 軍に戻り、その後、第二次ベルリン危機のときにドイツに送られます。それから戻ってすぐにアラバマ州のフォート・ラッカー(Fort Rucker--陸軍 飛行学校) に送られました。そこでは飛行訓練を受けるのではなく、飛行教官だったそうです。宮本氏は、ベトナム戦争で米軍の飛行機の多くが墜落したのは 自分が飛行教官だったからだ、とジョークを飛ばしていました。

台湾には2度 軍事顧問として勤務。1回目に 行ったときは米国が陸軍飛行偵察ヘリコプターを タービンパワーのOH-6型に入れ替える事で、今まで使用していた偵察ヘリ 50 機を  台湾の陸軍に配備。それに加え、台湾でのヒューイの製造プロジェクトの責任者でもありました。

彼は2度のパープルハート戦地負傷賞、3度のレジオン・オブ・メリット(Legion of Merit)、殊勲飛行十字賞(Distinguished Flying Cross)、ブロンズスターメダル(Bronze Star), Air Medal 1ダース余り、その他。そして資格を表すバッジ(章)は、陸軍飛行操縦士(Master Armv Aviator) 章に加え、歩兵実戦経験者章(Combat Infantryman Badge), 落下傘章、中華民国飛行士章の資格の持ち主です。 

アーチー宮本氏の執筆した、慰安婦問題に関するこの著作を強く 推薦します。しかし私が個人的に読みたいのは彼の自伝なのです!


New book: "Wartime Military Records on Comfort Women"
Respected British author and journalist Andrew Salmon calls it, "A highly useful compendium of original research."
The book is important, but even more interesting is the author, Archie Miyamoto. Archie is one of the most interesting people I know. He is 88, lives in California, grew up in Japan during World War II.
Later, Archie joined the US Army, did two combat tours in Korea, and two more in Vietnam. (How many people do you know who went back for second tours in Korea?) 
A bare summary of his life -- there is much more: 
After Japan with the 187th, returned to Fort Bragg then volunteered for flight school. After graduation, Archie went on vacation to the west coast. Driving through Arizona by the Superstition Mountains, picked up a hitchhiking prospector who said he needed help to dig out a buried Spanish gold mine so Archie went into the desert with him and caught a lung infection from a desert fungus. 
Archie served with the 2nd Armored Cav and the 4th Inf Div as an aviator but spent most of the time in and out of hospitals. Total of two years in bed in an Army hospital to recover. After returning on duty, Archie asked to go and finish college which had been interrupted by the Korean War. 
Soon after, he went back on duty, was sent to Germany during second Berlin crisis. After he got back from that, was sent to Fort Rucker, AL, not for a refresher course on flying but as an instructor pilot. That explains Germany. And, Archie told me, why so many pilots crashed in Vietnam.
On his first tour in Taiwan, in addition to getting the Chinese Army fifty of the US Army recon helicopters which were replaced by turbine powered OH-6’s, Archie was the project coordinator for the production of Hueys in Taiwan. 
He got two Purple Hearts, was awarded three Legion of Merits, the Distinguished Flying Cross, Bronze Star, over a dozen Air Medals, plus others, Master Aviator Wings, Combat Infantryman's Badge, Jump Wings, and Chinese Army Aviator Wings. 
The book that he is written here is worth the read, but what I really want is a biography!



4 comments:

sute said...

「在日朝鮮人から見た韓国の新聞」のリンクしておきます。



「少女像」という名称が絶対にあり得ない理由http://blog.livedoor.jp/kanedashoji70/archives/68692878.html


このブログでは南朝鮮がいうところの「平和の少女像」に対して「売春婦像」とか「慰安婦像」と書いてきました。それというのも、「少女」という言葉を慰安婦が使用する事は絶対にできないからです。

慰安婦、というより酌婦という言葉の方が当時は一般的だったかもしれません。酌婦になるためには、自分の特定が "絶対条件" であり、次のような書類が必要でした。
・住所地警察署に証明書
・戸籍謄本
・医師による健康診断書
・18歳以下であれば親の承諾書
これらの書類が完備していなければ慰安婦として働くことができず、もちろん、失踪者(もしくは家出捜索人)として登録されていればその状況が解消されなければ酌婦にはなれませんでした。身元不明の朝鮮人は慰安婦になれなかったのですね。

Fukuzo Moguro said...


Michael Yon JPさんの仲介でミヤモト氏とは数回、メール文通しました。

還暦の私がいきなり「小僧」になってしまう、すごい経歴の持ち主なので、Sirを連発して恐れ入ったものです。

カリフォルニア州が制定する教科書に「慰安婦」の記事が載ることを懸念されていて、自身が集めた資料と自分の見解に付け加えるものがあれば言ってくれ、ということでした。

「見解」のなかに、いいかげん、「日本に対する偏見に満ちた悪口雑言は止めたらどうか」という下りがあったように記憶します。ご自分が経験しているかどうか知りませんが、たぶん「日本人隔離政策」のことが念頭にあって、カ州の教科書問題は、同州在住の日系人には深刻な問題なのだな、と想像したものです。

「朝鮮人志願兵」の話をしたら、それは有力なデータだということで、厚生省(旧内務省)が保存している記録や国会質疑で出された数字を提供しました。下記ページの半ば付近に掲載されているもので、応募が殺到、ピーク時には約50人に一人しか志願兵になれなかった狭き門だった。

False Accusations of Comfort Women
http://www.howitzer.jp/korea/page03.html

徴兵制が半島で実施されたのは終戦間際のことでしたが、ピーク時に朝鮮人兵士は24万人に達した。これは前からテキサス親父が指摘していましたが、出典が分からなかったので使わなかった。国会質疑で厚生省が出してきた公式データということが分かって、国会議事録と共に提供しました。(こういったことがすぐに分かるのが、ネット社会のすごいところです)

これだけの男どもは、自国の女が引きずられていくのを、黙って見てたんかい! ということです。

朝鮮人が慰安婦の件を世界に向けて盛んに喧伝するが、やればやるほど、自分たちの先祖を貶めていることに気がついているのかな? 多少でも男性的気概のある人間なら、そこにすぐに気がつく。朝鮮人が女々しい卑怯者の集まりであるからこその慰安婦問題なのでしょう。

YK said...

ニュースです

カナダのオンタリオ州議会が「南京大虐殺記念日」制定の法案 反対の署名活動も中国系多数で成立か

http://www.sankei.com/politics/news/170202/plt1702020003-n1.html

わたし、トロント住んでたことがあるので知ってるけど
中国人大杉だと思う。
トロント大学なんて、中国人だったら簡単に入学できて、簡単に卒業できる。

YK said...

わたし、カナダって危険だと思う。
妙に、寛容ぶって、がんがん中国人を受け入れてる。
(もちろん、個人レベルではいい人いっぱいだけどね)
多すぎるのは大問題だと思う。
トロントとバンクーバーがいつかそのうち、ケベック問題のように
独立うんぬん言い出しそう。公用語に中国語採用をって
主張してるでしょ

カナダ人の友人は、実は文句を言ってました。
モザイク文化なんて大嘘で
まったく多文化なんてうまくいってないって。