Wednesday, October 25, 2017

世界は強い日本を必要としている

今こそ憲法第九条を破棄する時です。憲法九条は最悪です。

我々は日本と戦うべきでは無かった。
ナチスと共産主義に対抗して米国は日本と共同戦線を張るべきだった。

ドイツ南部は私の気に入っている場所の一つです。
ドイツ人が共産主義とナチズムをこしらえたという事実を除いて。

しかし日本を「アジアのナチスだ」と言っている人のなんと多いことか。まったく馬鹿馬鹿しいかぎりです。
ドイツ人がユダヤ人を虐殺していたときに日本人はユダヤ人を助けて、ユダヤ人が逃げるのを米国人が助けました。

第二次大戦中の日本の戦争犯罪について嘘偽りの無い眼で見るならば・・・
あぁやれやれ、確かに日本は戦争犯罪を犯しました。
ですが日本は戦争犯罪に関して、実態より大袈裟に騒ぎ立てられています。

全く何ということか、当時の米国政府は第二次大戦中 12万人もの
米国在住の日本人を -- 財産を取りあげて -- 収容所に詰め込みました。
彼らが米国のために戦ってくれている最中でさえも米国は日本の街に爆撃を加えました。

日本が真珠湾を攻撃する以前に我々米国は日本を攻撃していました。
ほとんどのアメリカ人や日本人はこの事を知りません。
米国でそんなことを言うと馬鹿な奴だと非難されます。

日本を経済的に封鎖して我々に戦いを挑んでくるように仕向け、
それをヨーロッパで米国がナチスと戦わなければいけない理由にしたのです。
アメリカ国民は 戦いたくなかった
-- 大いに納得できますが --
しかし当時ナチスは日増しに強くなっていったのです。

全て終わったことだと片付けるのは簡単ですが、そういうわけにもいきません。
ドイツ人の考え出した共産主義が横行しています。
私はドイツ人が好きですが彼らは政治的怪物 フランケンシュタインを作りだしてしまった。
ドイツ人の政治的アドバイスをありがたがるのは 間違いです。
彼らの作る車は好きですが彼らの政治的アドバイスは死を意味します。

ドイツ人が銃規制と移民受入の政策について私にお説教をするなど、
ヘタなジョークはやめて欲しい。

ドイツはそのままでいるべきです。
日本はもっと強くなるべきです。日系人の第442連隊戦闘団は勇敢でした。



The World needs a Strong Japan
Time to 86 Article 9. Article 9 is the path to bad. We should never have fought Japan. We should have been allies against Nazis and Communists.
Southern Germany is one of my favorite places on Earth, despite that Germans somehow managed to invent Communism and Nazism.
Also amazing how many people call Japanese the "Nazis of Asia." Farce. Japanese were saving Jews when Germans were killing Jews and Americans were turning them away.
If you take an honest look at Japanese war crimes during World War II...good grief. Japanese definitely committed war crimes, but we outran them by miles on war crimes. Heck, we put 120,000 Japanese in camps in America -- took their property -- during WWII. Even while they fought for us and we firebombed Japanese cities.
We were attacking Japan before Japan attacked Pearl Harbor. Practically no Americans or Japanese know this. They will say you are stupid if you say this. We were strangling Japan economically and forcing Japanese to fight us as an excuse to fight Nazis in Europe and elsewhere. Americans wanted to stay on their farms -- which is pretty reasonable -- but the Nazis were growing strong.
We can say it's all over now, but it's not. Those German inventions such as Communism march on. I like Germans, but they make political Frankensteins. Don't want any political advice from Germany. I like their cars but their political advice is death.
Germans lecturing me on gun and immigration policy. Is this a joke?
Germany should stay were it is. Japan needs to grow stronger.
442 RCT.



12 comments:

yositune said...

歴史の基本認識は正確さが必要です。
日中戦争の発端は1927年の中国国民党・蒋介石軍による北伐で、南京の海外大使館や領事館と居留民が被害に
会いました。
ステイーブ・マックイーンの「砲艦サンパブロー」に当時の状況(雰囲気)が映っています。
これを教訓として、国民党軍の北伐が済南に迫った時、1928年に日本は居留民保護の為に出兵しました。
そこで両軍が衝突したが、すぐに休戦協定が成立し矛を収めたかに見えたが、一部の国民党軍兵士が、日本人
居留民を略奪・虐殺(バラバラ切断された遺体)し、その虐殺写真集が日本でスクープニュースとして出回った。
丁度米国における9.11のような日本全国的な敵愾心を作り出す結果になった。
 その後、日本では上記の教訓から日本人の安全区域作りを目的に、一部の軍人(石原莞爾)が暴走し、1932年
に満州事変により満州国が作り出された。(ラスト・エンペラー参照)
この時から国民党軍は上海に第二戦線を作り、日本人租界を攻撃するようになりました。
その後、現地での休戦協定が結ばれ小閑状態が続いたが、1936年の北京の盧溝橋で日中両軍が衝突し一時休戦
協定が結ばれたが、国民党軍が上海の日本人租界を30万人の国民党軍で包囲し、それを救出する為に派兵され
た日本軍との間に日中戦争が勃発した。

1.今日では盧溝橋事件は中国共産党の工作であったことが判っています。
2.なぜ日本軍が北京に駐留していたかは、義和団事件(北京の55日)の講和条約で、日米英仏露は自国民保護
 で駐留が認められていた。

ここで米国が問題なのは、中立を標榜しながら日中戦争で中国国民党をナチスと共に軍事支援したことです。
 

laughing Salesman said...


According to the most recent report from South Korea, it appears that Ms. Park Yuha, author of the book “Comfort Women of the Empire” was given guilty verdict from the Seoul High Court.

It seems that there is freedom of speech /press in South Korea.

laughing Salesman said...

I agree with Mr. Yon’s opinion 100%.

Rising Sun and Soaring Eagle Alliance is the foundation of peace and hope of mankind. China is just a Pig and nobody wants to become a part of it. Russia is unable to provide the world with peace and stability. Russians have to solve their own problems.

Only the combined force of Japan and the U.S. can provide the world with peace, stability, and hope for the mankind.

A nation’s power is comprised of Steel (military power), Money (economic power), and Paper (cultural power).

Japan should become a citadel of free democracies in the Far East but in order to become it, we have to 1) revise the pacifist constitution, 2) cooperate with other Asian nations, and 3) revise the authenticity of the Tokyo Tribunal

The third one, revision of the Tokyo Tribunal will many face many difficulties. There will be many people yelling “Japan is trying to whitewash their gruesome past.”

This difficulty made us take the “Let the lion sleep” attitude so far.

However, to emerge from the self-tormenting history as brainwashed by the concerted effort of GHQ and Communist China, to get lessons learned from the WWII, and to create a mentally-strong proud Japan, now we have to let the lion awake.

“We do not surrender without a fight!” This is the word of U.S. President in the movie “Independence Day.” This was also the spirit of Japan when Hull Note was given to the Tojo Cabinet.

yositune said...

上海事変の中国側のドイツ軍事顧問団で実質的指揮官は第一次上海事変ではヴェルツエル中将が
第二次上海事変ではセクト将軍から引き継いだファルケンハウンゼン大佐が中国軍を指揮し、日本
租界をヒンデンブルクラインと言う幾重にも構築されたトーチカ群で包囲する形の陣地が構築され
て、そこから攻め込んできた。
 当時の中国国民政府軍はナチス・ドイツの軍事顧問団により訓練された60万人の蒋介石の直轄軍
がその任務にあたっていた。
南京でのジョン・ラーベは中立国人では無く、中国軍に武器を売り、兵隊を訓練し指揮する軍事顧
問団を派遣してるドイツのナチス党員だった。
当然ながら彼の著述内容も偏ったもので、当然その真実性が疑われる。
 
 以後、米国は蒋介石の要請で軍事援助をし、戦争に介入することになったのだが、1941年当時
米国軍事顧問団のジェンノート将軍の部隊は日本軍との直接的戦闘には参加しておらず、日本への
先制爆撃計画は承認されていたが、機材が整はず実行できない状況だった。

 真珠湾攻撃直前の状況は、日米どちらが攻撃に踏み切っても当然の状況であったと思う。
皮肉なことに欧州戦線の主敵であるナチス・ドイツとは極東では共同して日本を主敵として戦争を
始めることになった米国。

 ドイツの東方政策は、現在でも同様の構図で中国に入り込み、対中貿易では黒字を稼ぎ、見返り
の中国投資を続けている。
「戦う民主主義」を標榜し過去を封印するドイツには自由な言論空間があるのだろうか?
ドイツ軍の慰安婦制度は調査がされてるのだろうか?

yositune said...

>当時の米国政府は第二次大戦中 12万人もの米国在住の日本人を -- 財産を取りあげて -- 収容所に詰め込みました。

これは間違いです。
正しくは「12万人もの日系米国人(市民権を持つ)をその財産を没収し、強制的に収容所に詰め込んだ。」です。

 ナチスドイツは自国民であるユダヤ人を、血統を理由に強制収容しました。
民族浄化です。
米国政府も自国民を、血統を理由に強制収容しました。
これも民族浄化です。

米国は19~20世紀において、伝統的諸国と違い文明的・開明的な政策制度を先んじて作り上げてきました。
しかしその過程では間違いも多く、その一つが日系米国人の強制収容でしょう。

この時代、戦時に於いては敵性国民の保護収容は国際法で認められていました。
真珠湾攻撃以後に日本人が強制収容されたなら、これは国際法上は問題が無かったはずです。(待遇によるが)

laughing Salesman said...


>盧溝橋事件

先の大戦の実相(その1)

先の大戦は何だったのか、ということで、これまで数多くの戦史研究者・歴史家が著述を試みてきたけれども、スターリンが何を考えていたか?という最重要点を見落としているので、全体像がさっぱり分からない記述になっている場合が多い、と私は考えます。

その典型は児島襄の「日中戦争」(文春文庫5巻)で、私はこれを社会人になりたての1980年代に読んだのだけれども、とうとう、当時の日本の指導層が何を考えて中国の半分を占領するまで行ってしまったのか、膨大な資料に基づいた大量の記述にもかかわらず、この本から読み取ることができなかった。これは作者の児島襄も同じ思いだったらしく、巻末の「あとがき」で同様の主旨のことを述べている。

今、その部分を抜き書きしてみると、次のようなものだ。

===引用始め===
「東京裁判」では「満州事変」「支那事変」が日本の中国大陸支配をめざす計画的侵略戦争である旨の「立証」がこころみられ、南京虐殺その他の非道行為も語られた。
 では、「日中戦争」とは、ほかには動機も理由もなく、ひたすらに領土を求めて、「邪悪なる強者」日本が「聖なる弱者」中国に襲いかかっただけなのか。
(中略)
「日中戦争」で日本は五十余万人の戦死者を数え、戦いの様相は泥沼と形容される。では、連戦連勝といわれていた当時の戦いの実体はどうであったのか。その損害は残虐行為の代償でしかなかったのか。
  中華民国総統蒋介石は、「支那事変」が始まると、「日中戦争」が第二次世界大戦に組み込まれて日本が敗北することを予見し、長期戦を計画し、指導した、と日誌に記述している。では、戦争の計画性はうしろ中国側にあったのではないか。
===引用終わり===

私の歴史好きは日本の軍記小説からスタートしたので、当時は深く考えることもせず、「隴を得て蜀を望む」程度に考えて会社の仕事に埋没していった。

が、三十五年後の今、この部分を読み返してみて、当時、既に売れっ子の戦史作家として数々の著作を世に送り出し名をなしていた児島襄が、膨大な資料に基づいた大量の記述の果てに、このような感想を抱いたことの重みは大きい、と思わざるを得ない。

我々日本人が今なお、児島襄と同じような疑問を抱きつつ、多かれ少なかれ、「東京裁判史観」から抜け出られないでいるからだ。
(続く)

laughing Salesman said...


先の大戦の実相(その2)

壮年期の著述にも拘らず児島襄が混乱していたのも無理からぬことで、1)ソ連の崩壊が1991年、2)ソ連が持っていた資料が、英国でロシア語のできる歴史家により解析されて「ロシア革命」「第一次対戦」の研究ブームが英国で起きるのが1990年代後半、3)アメリカで「ヴェノナ文書」を研究した著作が出版されたのが2000年前後のこと、また、4)日本人の多くが中国に抱いていた「善良素朴な人々」というイメージが反日暴動で崩れたのが2012年、という、その後のメルクマールとなる出来事を並べてみれば、1980年代に児島襄が直面した歴史の疑問に正解を与えることの困難さは、推して知るべし、ではないだろうか。

2012年の反日暴動の後、黄文雄さんの本は約百万部も売れたという。いかに当時の日本人が、あの反日暴動で「しまった。自分たちは支那を見誤っていたぞ」と認識しかが、伺い知れる。

2005年頃までに、日本人がブロードバントと安定したPCを手にし、本格的なネット時代に入ったことも、我々の覚醒に拍車をかけた。東中野修道先生を中心とする南京事件研究会「南京で戦闘はあったが虐殺はなかった」と結論づけて解散したのが2010年頃のことだから、「大東亜戦争」や「東京裁判」の見直し作業は、まさに今、現在進行形のことだ。

「岡目八目」という言葉が示すように、夢中で勝負事をしている二人には、その勝負がどういうものか、かえって分からない。戦争も、少し離れて多方面の角度から眺めてみないと分からない、ということだろう。

(続く)

laughing Salesman said...


先の大戦の実相(その3)

こうして時系列で並べてみれば、盧溝橋事件から8月13日の張治中率いる支那軍による日本租界攻撃まで、支那軍による日本軍に対する一連の挑発行為でしょう。さあ、攻めてこい、というわけだ。で、ドイツの武器で固めた上海のトラップに、日本軍は嵌められてしまった。

1937年
7月7日  盧溝橋事件
7月25日 廊坊事件
7月26日 広安門事件
7月29日 通州事件
8月13日 第二次上海事変

盧溝橋事件の8カ月前に西安事件が起きていることも、この一連の挑発行為と無関係ではないはず。

強大な敵を大陸の奥に引き込んで補給線を伸ばさせて弱らせてから反攻に出る、というやり方は、ナポレオン戦争を経験しているロシアなら自然に出てくる発想でしょう。

1936年の日独防共協定で、スターリンは相当に困ったと思いますね。満州国の高度成長とか、ドイツの復興とか見ていますから、シベリア出兵したこともある日本と、東方にドイツ人の生存圏を広げようと公言しているナチス・ドイツの両方に挟み撃ちにされたら、ソ連は確実に崩壊です。

1939年に発生した「ノモンハン事件」も、最近の研究ではソ連の機械化部隊の一方的勝利ではなくて、けっこう互角に戦っていたらしい。国境の武力衝突なのに、戦いの前と後で国境はほとんど動いていないし、この時、ソ連軍と戦ったのは満州軍であって日本軍本体ではない。

とまれ、近い将来に予想されるドイツ軍の侵入に全力を注ぎたいスターリンは、日本軍を支那大陸に釘付けにすることを考えた。で、西安事件ののち、言うことを聞かないと第二、第三の西安事件が起きるぞと脅し、蒋介石をロボットにして。河北の日本軍に戦いを挑ませた。第二次国共合作で国民党軍のなかに入り込んだ「草Sleeper」が一斉に表に出てきた後の蒋介石は、ただの傀儡だったでしょう。この時期、毛沢東がスターリンのロボットだったことは、ユン・チアンの「誰も知らなかった毛沢東」で明らかだけれども、西安事件ののち、毛沢東が「何でこいつを助命するんだ」と怒った蒋介石も、実はスターリンのロボットだったわけです。もっとも、これは私の「仮説」ですが。

で、1940年のバルバロッサ作戦に対し全力で戦うスターリンは、モスクワ攻防戦で満州に対する備えとしていた50万人のシベリア軍を鉄道で移動させ、冬将軍で弱っていたドイツ軍を包囲させ、最終的にやっつけることに成功した。日本軍が国民党軍と戦っていなければ、これは不可能なことですから、スターリンが蒋介石を使って日本軍を大陸大陸に釘付けにしたことは明らかですね。

で、日本海軍はというと、これはアメリカに始末させるためにアメリカ上層部に潜ませているスパイを使った。それは、ハルノートの原案を作成した人物が、ハリー・デクスター・ホワイトというソ連のスパイだったことなど、「ヴェノナ文書」で次第に明らかになってきているわけです。

で、第二次大戦の真の勝者はソ連のスターリンであって、日本もアメリカも負け組ですわな。勝ったと思っているアメリカ人は、ことごとく間抜けだ。

アメリカが反共の防波堤だった日本を破壊していなければ、満州をソ連に取られることもなかったし、支那正州(長城以南の支那)が毛沢東の手に落ちることもなかった。とりわけ、支那正州が共産党の手に落ちたことはアメリカの大失策というだけでなく、人類に途方もない惨禍をもたらしたという点で、まことに罪ぶかい。

アメリカが敵を見誤った結果が朝鮮戦争であって、日本を破壊したアメリカは、今度は日本を防衛するために朝鮮でソ連製の戦車と戦い、人民志願軍と戦い、更に4万人のアメリカの若者の命を失った。

この歴史を現代の我々が認識して反省しない限り、今後、日米共同の潜在敵である支那共産党に我々が勝つことはできない。

(おしまい)

YK said...

大阪市長のtweet
https://twitter.com/hiroyoshimura/status/925011602063089664

最後、サ市の市長と1対1で話がしたい。申し入れ済。それはそうと、大阪市や日本各地の団体からサ市に対し、「慰安婦像設置に賛成、大阪市長の圧力に屈するな」との意見書が多く提出されているようだ。すごいわ。http://www.sankei.com/west/news/171030/wst1710300082-n1.html … SankeiNews_WESTより

YK said...

さいきん、you tube で保守系の人が検索できないとのこと。

you tubeってどういう組織なの?

laughing Salesman said...

理解できないのは、大阪市議会の自民党議員らがサ市との姉妹都市解消に反対していること。

悪意で他国民を貶めようとしている人たちとの友好なんて有り得ない。

「地図に日本の位置が示されているだけで日本が存在すると言えるだろうか。国民の中に日本がなければ、日本が存在するとは言えない」と云った人がいるが、まさにその通りだと思う。

yositune said...

大阪市議会議員で、元在日の票を貰ってる議員が結構いるのではありませんか。
住民投票で橋下市長を敗北させた自治体ですから期待できませんね。